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宝くじ抽選のイベントと東儀秀樹さんのライブ②~東儀さん情報、司会の方とのトーク~

・8日からツアーで全国へ。バイオリン、アコーディオンのコパさん
・大神社展開催の折、新日曜美術館に出て、見解を述べる予定
・東儀さんもくじを買う。ファン。千円当てたことも。買うだけでなく、また、今回のようなゲストだけでなく、収益によるコンサートにも出ているので、縁が深いんですよ、とのこと
・東儀さんも的あてに参加。流れにあわせて格好良く決めポーズ。「ドキドキする、大きな責任感じる」千の位を受け持ち、ゼロを当てる。
・クラシックカーが趣味。デリケートで、ケアするとよく走る。そのさじ加減を楽しむ。外国のラリーにも出ることも。
・一等当てたらクラシックカー購入ですか?との問いに、
「本当に高いのは、一等を何回も当てないと無理で云々」
司会が、6億当選金もありますよと言うと、
「それなら大丈夫かもしれません」と笑う。
会場も笑いとため息。和む。
・雅楽の音の魅力は?
細胞に響く音、宇宙の音、ジャンルを問わず、他の音楽や楽器ともなじむ。なんでもなじむ。フレキシブル。

    
一等の抽選も終わり、コンサートの用意。私は真ん中の席にいたが、立会人席のあった最前列がポッカリ空いていて、直前まで一人分が空いていたので、ちゃっかりともぐりこむ。1:00開場のところ10:00から並んでいた人がいたというのに、こんなタナボタ、いいんだろうか、と思う。ど真ん前ではないものの、東儀さんからはす向かいくらい。目が合ったような気すらする。自分と東儀さんとの間に誰の後頭部もない。
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宝くじ抽選のイベントと東儀秀樹さんのライブ③~いよいよコンサート~

背景は白い布で、様々な色の光を当てることで、ムードを変える。

布だけでなく、布と布の間の空間も光の質や色を変えて、ムードを様々に。

一曲目
「木星」でスタート。笙、篳篥、録音してある伴奏に合わせて。背景は、薄紫、隙間はオレンジ。
・飲み水の器が、ちゃんとお湯のみ茶わん。さすが!!
トーク「いい学校には、音楽のテキストに僕の写真の載った本が使われています」とジョークを交えつつ、雅楽を知ってほしいとアピール。

二曲目
Jポップ、篳篥が合いそうな曲だと思い、「はなみずき」
ステージの端に行って、端の客にもサービス。(私見ながら、茨城の客は、拍手が早すぎるのでは?と思う。せっかくの東儀さんの音のシメを素人の拍手で消してしまうなんて・・・、と)
トーク。音楽に星の運行や季節等(森羅万象)をおりこんである・・・等々。例えば、
「ソの音は(五行の木の特性をいくつか並べ)木で肝臓です。お酒を飲みすぎの方いらっしゃいませんか?大丈夫です。治してあげましょう。肝臓を治すのはソの音です」と楽器を手に取り、ソの音をプ~。「もう、大丈夫ですよ」会場なごむ。みんな幸せそうにクスクス笑い。続けて・・・
「花粉症の方はいらっしゃいますか?大丈夫です。治してあげましょう!!花粉症はミの音、金と関わりが深いので・・・」楽器を手に取り、ミの音でプ~。
「みなさん、花粉でおつらかったら、所かまわず『ミ~』と言ってみてください。花粉も寄ってこなくなりますが・・・、人も寄ってこなくなります」会場大笑い。
「東儀秀樹のコンサートは勉強になります。でも、今回は無料のコンサートなので、少しだけです」(暗にお誘い)で、また笑いをとる。さすが!!ファンが増えちゃう!!

三曲目
「おぼろ月夜」日本では琴は13弦だけれども、25弦の琴、近代復元されるまで忘れられていた楽器。今、男性奏者はこの中井君だけです、と後輩を立てる。

【琴の伝説】 昔25弦の名器があり、姉妹が奪い合って半分にしたので、韓国で12弦、日本で13弦になったのでは、という話。

韓国人迫害デモをやめよう、という無言のメッセージ?かも?

「本当は中井君だけの予定が、僕も参加したくなったので急遽セッションにしました」
笙、篳篥の東儀さんと琴の中井さんが交互にメロディと伴奏を分担し合う。

四曲目
琴独奏 源氏物語の浮舟(二人の貴公子に求愛されて、困って出家した女性)にちなんで「夢の浮橋」
曲の激しい部分では、奏者と布と布の間の空間があざかやなオレンジ色に。
(私見ながら・・・((なんで浮舟の話がうけるのか、よく分からない。二人の間で迷った時、私なら、当然両方の魅力を併せ持つ3人目の男性を探すけどなあ・・・。男性達は、自分から去っていった女性のことを浮舟になぞらえて『彼女も辛かったんだ、僕とライバルとの間の板ばさみになって・・・云々』なんて、自分の過去に酔いしてたりするのだろうか・・・。男性のウザさやエゴを感じるなぁ))と思ってしまいました。余計なお世話ですかね・・・)

中井君を褒めるトーク。彼は珍しい楽器の奏者というだけでなく、音色のコントロールがうまい。(ゆらぎを丁度よくできる。やりすぎるとわざとらしくなるけれど、ゆらぎがないのもさびしい、云々)
琴の演奏法で、あんず、と する、というのがあり、漢字で書くと 按摩、と同じ字になる。
按摩治療のあの字は、それが由来では?という説もありますとのこと。
(私見ながら、なんて、東洋医学の治療家である私にふさわしいトークなんだろう!!しかも、復興支援から帰ってのすぐの、この日程で!!ご褒美のよう!!「まれびと」として、トークやアドバイスをさせていただいた私のもとにも「まれびと」が、しかもこんなビッグなお方が来て楽しませてくださるなんて!かぶりつきで拝見できるなんて!!これって、私も、現地で人々に充分楽しんでいただけたのだ!!という何よりの答えなのでは!!??と調子に乗ってしまいました)

五曲目
オペラ「だれも寝てはならぬ」

六曲目
オリジナル曲「地球よやさしくそこに浮かんでいてくれ」
地球よ今は、色々と大変ですが・・・自分が宇宙にポッカリ浮かんでいて、同じくポッカリと浮かんだ地球を見ている、というイメージがあり、子守唄を地球に送るつもりで作曲しました、とのこと。
(とても優しい曲で、腕にある肺の経絡((悲しみを踏まえた優しさ、切なさ、愛とも関わりの深い))をもみながらお聞きしたら、そういう気持ちが湧いて出てのち癒され浄化された。さすが!!)

七曲目
オリジナル。グリーンガムCM。つきぬける、爽快感、チャレンジし続ける、等々の「アウト オブ ボーダー」
ノリのいい曲なので、何人かが拍手を始める。(いいんだろうか)、と迷っていたら、東儀さんも拍手して、皆を誘う。一度拍手が止み、次に、再開したほうがいいのか迷っていると、また、東儀さんが、手では演奏しつつ、足を踏みならし、リズムを教えて下さる。演奏しつつ、リーダーシップ、指揮者役もされて、かっこいい!!と、盛り上がって終了。いいコンサートでした。

友人にこの話をしたところ、こんなお話をしてくれました。
「東儀さんは、単なる伝統ある家の坊ちゃんとか、優男に思われちゃいがちだけど、本当はすごい情熱とガッツの人なんですよ~。昔、伝統だけでなく他の音楽も始めようとしたら、一族だけでなく、雅楽仲間からも猛反対されてしまったのに、もっと雅楽を分かりやすく広めなくては、雅楽自体が廃れてしまうのだから、と貫き通して・・・。結果、反対した人達の事を守って助けているんですよ~」との事でした。すごい!!

確かにその通りのコンサートとトークでした。本来は、伝統的で、家柄も教養も技術も最高級で、世が世ならの方なのに、庶民にも分かるようにカジュアルに噛み砕いて伝えて下さっていました。私も話し言葉で東洋医学を広く伝えるのがライフワークの一つなので、とても共感できました。
東儀さん、中井さん、関係者の皆さん、一緒に楽しんだ皆さん、そして何よりチケットを下さった宝くじ売り場の女性に感謝です!!そしてもちろん、巡り合わせにも、運もカンもよい自分自身にもありがとうございます!!

と思ったら、その丁度一週間後、国土地理院と筑波山の上空に、鳳凰のような雲が出現しました!!信号待ちの間、あわてて携帯を取り出し、フロントガラスごしに撮りました。鳳凰といえば笙。きっと東儀さんと中井さんのおかげで、茨城と私が癒され、アゲアゲになったのだ!!とハイになりました。

ありがとう、そしてさよなら やわらか金魚

やわらか堂のマスコットにして和み係りだった金魚が5月29日に、愛にあふれた生涯を終えて旅立ちました。

震災後、何かパッと景気の良いことがしたい、という、こちらのエゴが動機で飼い始めたのですが、飼ってみるととても可愛く、友人や患者さんたちにも大人気でした。

震災後、しばらくやわらか堂のご利用者さんは治療をお休みされていました。

一つは、やわらか堂は、ゆっくりかかって頂くのがモットーで,
鍼を刺したまま数分~数十分そのまま休んで頂くので、余震がある間は心配でかかりたくても困難でした。

もう一つは、やわらか堂は働く女性の為の鍼灸院なので、常連さんのほとんどは、家庭でも職場でも地域でも、リーダーシップを取られる方ばかりです。

通常業務と非常時ならではの仕事をこなし…終われば自宅まっしぐら、と、世代の中間管理職として、目上、目下のために奔走されていました。

それでも、なんとか来て下さる方のために店を開けておきたい。とはいえ暇な毎日でした。

この頃、空いた時間を使って様々なことをしました。
絵を沢山描く、ボランティア、地元情報誌への寄稿等々。そのうちの一つとして、ある健康開運雑誌の

「金魚は開運にもいい、風水的にも正しい」

という記事に影響されて飼い始めたのでした。

農産店でパンパンにふくれたビニールに入れられていた、なんのへんてつもない琉金(りゅうきん)でした。

初めはつがい?だったのですが、片方はすぐに死んでしまいました。オレンジと朱色と金色を足して割った色をしていました。

飼い主バカですが、非常に人懐っこく、個性豊かな金魚でした。水かえや水槽掃除など、通常なら本能や恐怖で行動してしまいがちなときでも、かしこく状況を理解し、楽しんでいました。知恵と勇気と笑いがありました。

きれいになった水槽に戻す時も、分っていてはしゃいでいる感じで、ゆとりがありました。
「とりゃ!!」とか「ダ~イブ!!」とか「ひゃっほ~!!」という感じでした。そして、テッポウウオのように、空中に水を吹き出して遊んでいました。

患者さん達への挨拶を自分の仕事、と決め込んでいました。

この他、患者さんが、悩みやトラウマについて語る時、絶妙なタイミングで跳び跳ねたりと、まるで分った上で水音で癒してくれているようでした。

反面、こちらの仕事がたてこんだ時は、浮き玉を、コツンコツンと水槽にぶつけて、かまってほしいと、こちらにアピールしたことも。

浮き玉を、下から頭突きするのは、重量挙げや筋トレのような意味合いだったようです。

また、餌が欲しい時は、全身で激しいダンスを踊りつつ浮き玉を上下させて、熱心に気持ちを伝えてきました。

更に、誰に頼まれた訳でもないのに、全速力でガラスの壁と酸素のブクブクのチューブの間をすりぬけては得意げな顔をしていました。
一人で運動会をしていました。

ある患者さんの目撃談ですが、私に向かってアピールしたものの、通じず、私が気付かずにその場を離れてしまったところ、しょんぼりして、たそがれていたそうです。

本当に、微笑ましいエピソード満載の金魚でした。

偶然、亡くなる数日前に、私はあるイベントでつがいの金魚を描いて、持ち帰ったばかりでした。それを見ながら、

「つがいにしてあげたいけど、水槽の大きさや世話する手間的にも、無理だから… 申し訳ないけど、天国とか来世でアツアツの夫婦金魚になってね」
と語りかけたばかりでした。

また、前述の理由で飼い始めた金魚が、このタイミングで旅立ったのにも意味を感じました。
リピーターさんや新患さんが少しずつ増え、4月には患者さんの状態も落ち着き、東北にボランティアに行くことすらできるようになった今だからこそだと思います。あの金魚が

「飼い主ややわらか堂にとっての『震災後』はもう終わって… 通常モードになったから… これからは『震災後が続いている人や地域や生物達』を助けてあげてね。私は天国でパートナーと幸せに、よろしくやってますんで!!」

とでも言っているような気がしています。

あの金魚は、きっと、生前可愛がってくださった皆様にも感謝していると思います。私からもお礼申し上げます。

本当にありがとうございました。皆様に愛されて、幸せ者でした。あの金魚が頂いた愛や真心が、何倍にもなって皆様のところに降り注ぎますように!!

スタイルショップさんにて、またまたギャッべ展です!!

ギャッべの素晴らしさについては、2012年6月10日UPの「アートギャッぺ展開催中!」と2012年11月18日UPの「ホームシックスタイルショップさんにて、お待ちかね!!のギャッべ展再び!!」の記事をご覧ください。

今回は、織り子さんたちの衣装も展示されます。
また、まだ企画の段階で実現するかはわからないのですが、イランのお茶のサービスもあるかもしれないとのことでした。
ぜひ、見て、触れて、体感してみてくださいね!!


詳しくは、ホームシック スタイルショップ つくば店のホームページをご覧ください

スタイルショップ ギャッベ展よかったです

6月3日にUPした、ギャッベ展に初日に行ってきました!!

店員さんが色々なモチーフの意味を一つ一つ、教えて下さいました。
そのどれもが幸せを祈る、縁起ものなのだそうです。

おもてなしの、イラン流のチャイとデーツも美味しく、幸せでした。
ありがとうございました!!

皆さんもぜひ足をお運びください。

★詳しくは、ホームシック スタイルショップ つくば店のホームページをご覧ください
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プロフィール

やわらか堂

Author:やわらか堂
小関理恵(こせきりえ)
鍼師、灸師、
あん摩マッサージ指圧師

  • 1995年上海中医薬大学
    (WHO指定研修先)にて中国鍼短期研修
  • 1996年東京医療専門学校卒業、鍼・灸・あん摩マッサージ指圧師資格取得
  • ハートと虹色の画家
  • 癒しのライター

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